Dr.KENの「こだわりのトラ」

トラを愛し続けて、はや20数年。
俺にトラを語らせろと故郷山形から大阪へ!
こだわりのタイガースネタにお付き合い下さい!
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2006.12.27 Wednesday

片岡篤史について (宣伝あり)
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2003年9月15日、阪神タイガースが18年振りにペナントレースを制した。

幸運にも現地でその瞬間を迎えることが出来たんですが、赤星のサヨナラに沸く甲子園で、僕は泣き続けながら、ただただ片岡に感謝していました。

阪神・伊良部、広島・河内で始まったこの試合、最初に動かしたのは3回のカープだった。 
何故か赤色のユニフォームに身を包むシーツ先生の凶弾が、5万3000人の悲鳴と共にレフトスタンドに打ち込まれた。 0-2。 その後の伊良部はアップアップしながらも要所を締め、阪神も打ちあぐねていた河内から5回、沖原がライト前にタイムリーを放ち、何とか1点差へと詰め寄る。 そして試合はそのまま8回へと入る。

でも僕はその時、このたった1点の差を遠く遠く感じていた。 この1点は追いつけない…。
マジック2としながら、一週間その数を減らすことの出来なかったチーム状態からなのか。 いやたぶん違った、阪神が本当に優勝出来るんだろうかという疑心暗鬼が頭から離れなかったように思う。

1985年の優勝の時、僕はまだ子供だった。 何せ僕は、ずーっと弱い阪神を見て育って来た。 強くなった時期もあるにはあったが、最後に勝者とはなれなかった。 僕が阪神を追いかけ、大阪にやってきた1992年、この年も阪神は優勝争いを繰り広げた。 しかし甲子園での最後の直接対決で敗れ優勝を逃す。 この時も僕はライトスタンドで泣きながらいつまでも立ち尽くしていた。 
「阪神は優勝出来ないのか…」。

これは僕の勝手な想像なんですが、この日のスタンドを埋めた多くの阪神ファンの中には、僕と同じような思いを漠然と胸に抱いてた人が多かったのではないかと思っている。 みんなが優勝を信じ、一生懸命応援してはいるが、「何か空気が重かった」という印象が強い。 

しかし、この18年の呪縛と重い空気は「片岡の一振り」で一掃された!
いや、一掃されたは正しくない! 正しくは、その瞬間「甲子園の空気が180度変わった」!
8回途中出場だった片岡のバットから放たれた打球は、力強くライトスタンドへと吸い込まれる。 
「勝った!」 片岡の一撃に甲子園が揺れた!
このホームランは、同点のソロではなかった。 ファンが、選手が、そこにいたみんなが、永い呪縛から解き放たれた! この片岡の一撃で甲子園はうねり、燃え上がった! 永い間待ち望んだ優勝は、今日ここで決まる! スタンド全体が確信し、一つにまとまった!

実は、そこからのことを僕はあんまり見ていないんです。 いやもちもん、後から映像を何十回も見たんで今は知ってますが。 9回、片岡がさらにサヨナラのチャンスをつくり、星野監督が赤星の耳元でささやき、その直後の初球を赤星が決め、夢にまで見た胴上げが現実となった。 でも僕は、8回の片岡の一撃が飛び出したあの瞬間から、泣きっぱなしだったんで。 ただただ、「かたおか〜、ありがと〜」とか泣きながら言ってたらしいです(笑)。


今年の片岡は確かにひどかった。 僕も落胆させまくられたし、多くの批判もした。 
でも、10月12日「片岡 篤史の引退試合」を見届けた時は、やっぱり泣いてしまった。 超大型契約のFA砲として鳴り物入りで日本ハムからやってきた片岡。 その期待に応える活躍が出来たかと言えば、そうでは無かっただろう。 でもあの日、18年間タイガースの誰もが越えることが出来なかった壁を、きれいさっぱりぶち破ってくれたのは片岡でした。 今では、あの一打を打つためにタイガースに来てくれたのかなとも思えます。 きっと僕は、あの日の片岡の一打を何十年経っても鮮明に思い出す。
                                      片岡篤史 引退試合
                                    ※写真は引退試合当日のスタメンボード



え〜と、実は今日は「Tigers-net.com ショッピング」で販売をしている「片岡篤史引退記念限定品 直筆サインフォト」の宣伝のためにこの記事を書いていたんですが、書いてるうちに感極まってきて、会社で泣いている僕はかなり頭のイタイ子なんでしょうかね?

        とりあえず見るのはタダなんで、見てってください(笑)! 
                野球 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 野球


 『片岡篤史引退記念限定品 直筆サインフォト』 

Writer : Dr.KEN | 選手について | comments(8) | trackbacks(0) |


あれからウチの店で、片岡引退試合の録画を5回くらい流してますw
来年もよろしく!
でんまん | 2006/12/28 6:15 PM
お久しぶりです。

僕も片岡のあのHRは忘れられないですねぇ。
僕と同じように多くの阪神ファンも、
片岡と言えば、「2003年9月15日の同点HR男」として、
これからもずっと語り継がれていくんでしょうね。

それでは、よいお年を。
宮川 | 2006/12/29 12:12 AM
>でんまん様
いやぁ、あの試合は
(1)優勝が決まったとはいえ、あの中日が空気を読めるか?
(2)必ず来る甘いコースの直球を片岡が打てるか?
みたいなうがった考えで見に行ったんですけど(汗)、結局泣かされてしまいましたよw

こちらこそよろしくお願いします。
KEN | 2006/12/29 2:05 PM
>宮川様
 >「2003年9月15日の同点HR男」
  まぁ、いつまでも記憶に残る仕事をやってくれたという事で。
  今季の大不振は引退試合でかなり水に流れましたねw

宮川さんもよいお正月をお迎えください。
KEN | 2006/12/29 2:15 PM
KENさん、こんにちは。
これは・・・この文はすばらしい!
「片岡」とはいったい何だったのか。
あの9・15に、阪神ファンなら永久に忘れられない名前になったんですよねえ・・・

今年KENさんには色々とお世話になりました。
お礼の言葉もございません。ありがとうございました!
今後ともよろしくお願いします。
よいお年を!
ochichan | 2006/12/30 1:26 AM
KENさんの記事に、しみじみと思い出がよみがえりました。
今シーズンの片岡には、長年つれそった老犬が粗相を繰り返しはじめたような、そんな悲哀と哀愁に襲われた気持ちでした。球場に「Bye Bye My Love」が流れはじめると、にわかに観客がざわめきだす光景が脳裏に焼きついてしまいました。本人が一番“痛”かったろうことでしょう。
だからこそ、あの引退試合がファンから片岡への、せめてもの慰労とお詫びの証だったんだと思います。すべての偶然が重なった“奇跡”の一日だったとおもいます。私も一塁側アルプスで、あの時間をすごせたことがいい思い出になりました。
ありがとう、片岡。

KENさん、年末の忙しさに、お誘いする機会を逃しました。
来年こそは是非、酒席をともにしましょう。
どうぞ、よいお正月を!
いわほー | 2006/12/30 11:04 AM
>ochichan様
おいおい、おちちゃんが来ちまったよ!
(・ ・;))。。オロオロ。。''((;・ ・)

しかもほめられてんぞ!
ヘ(°◇、°)ノ~ ホワ〜ン

今年最後の事件だよ Σ( ̄□ ̄lll)

いやいやこちらこそ、大変楽しい時間を過ごさせて頂きました!
(勝手に作品をお借りした事もありました 汗)
弊社でもみんながおちちゃんの更新を楽しみにしておりますが、
若干1名のスワファンが「ふる太の扱い」については悲しんでおりますがw

今年残りも来年からも楽しみにしております!
こちらこそよろしくお願い致します。
よいお年を!
KEN | 2006/12/30 3:01 PM
>いわほー様
僕はあの日あそこにいる為に大阪に来たんだと思ってます。
これからもよっぽどの事が無ければ、あの日が人生最良の日です。
「生きてて良かった!」とあれほど思った事はありません。
(kokoroちゃんの生まれた日があったか…)Σ( ̄□ ̄lll)

今年の甲子園は片岡にとっては、ほんまに針のムシロだったでしょうね。 実力社会のプロ野球とは言え、かつてはミスターとまで呼ばれた男の屈辱の最終章。 心中は察して余りあるシーズンでしたが、あの日は本当に色んな偶然で出来上がっていましたね。 それも含めて「片岡」だったんでしょうね。

>来年こそは是非、酒席をともにしましょう
 ぜひぜひ、お待ちしております!
KEN | 2006/12/30 3:18 PM










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